軽視されがちなマニュアルの大きな改善効果

個人の意識に依存する現場、現場の努力に依存する経営

 ある書店で人員不足が慢性化し、開店前の準備が滞っていた。そのため、朝の開店前作業を見て、改善策を提案して欲しいと依頼があった。

 開店前の作業を見ると、店長をはじめとして、店員が慌ただしく作業をしている。一方、数名のアルバイトの作業が極端に遅く、遅々として進まない。

アルバイトが担当しているのは、マンガに防犯タグをつける作業。入荷したマンガを床に広げ、マンガの中に防犯タグを入れ、ビニールカバーをつけている。作業の様子を見ていると、 かがんだ状態で行っているため、作業時間が立って作業をするのと比較して3倍以上かかっている。

この件を伝えると、店長は「アルバイトの質が下がった」と一言いい、アルバイトたちを呼び出し、「意識が足りない。先輩のやり方をよく見て勉強しろ」と指導したのである。

 その書店にはマニュアル作成の提案をした。マニュアルを提案した理由は、店長が忙しく教育する時間が取れないこと、単純な作業が多いためマニュアルを見せるだけでも生産性向上がはかれること、別の店舗への展開にもつながることであった。

けれども、反応はいまいち。コンサルタントを入れてまで、マニュアルを作るまでもないというのが経営陣の結論であり、マニュアルは現場で作れと指示がなされ、会議は終了となった。

 

マニュアルに否定的なのは優秀な人!

 筆者はサービス産業生産性協議会のコンサルタントとして、サービス業向けの業務基準書のプログラム開発に携わり、その普及に努めてきた。業務基準書とは、無印良品(株式会社 良品計画)が赤字から脱却し、今の成長の土台となるツール「MUJI GRAM」をベースに多くのサービス業に展開できるようにしたもので、いわゆる「マニュアル」だ。

 マニュアルについて、意見交換をすると、否定的なのは決まって優秀な人だ。たとえば、経営者や管理職、職人という方々だ。彼らの言い分の多くは、「僕らは先輩の技術を盗んで、成長してきた。盗めないのは、個人の能力がないから」である。

 しかし、現場の状況を見ていると、その意見には賛成できない。今の現場は、ぎりぎりの人員で業務をこなしており、時間を十分に取って人材育成している余裕はない。また、人材が育つまで待つ時間もない。さらには、提供するサービスが高度化し、顧客からの要望も高くなり、失敗は許されず、プレッシャーも高い。経営者や管理職、職人が育ってきた時代とは、背景があまりにも違うのである。

 

マニュアルは何のため?

マニュアルとは、仕事を知らない人が仕事を覚えるために参考にする教科書である。そのため、そもそもマニュアルの重要性を認識するのは、新入社員などの仕事を知らない人や彼らを教育する現場の長である。仕事を熟知、習熟した経営者や管理職、職人では判断が難しい。

 マニュアルの効果は、仕事を知らない人が一人前になるまでの時間を短くすること、業務を劣化させないことにある。

 事前にマニュアルを読み、作業の概略を頭に入れてから業務に入ると、教育効果は高い。さらに分からない部分は後で確認(復習)できるため、育つスピードが早くなる。

 また、仮にマニュアルがないと、引継ぎは口伝が中心となり、引き継がれる間に少しずつやり方が変わってしまう。より良いやり方に変わっていけばよいが、そうとも限らない。

 

完璧なマニュアルは作れるか?

マニュアルを作りたがらない理由の1つに、完璧なマニュアルができないという意見も多い。職場やお客様によって対応の仕方などが変わり、状況にあわせたマニュアル作成は難しいという意見や職人を作ることはできないという意見を頂く。

確かにマニュアルは万能ではなく、限界もある。すべての状況にあわせたマニュアルを作ることはできないし、マニュアルだけで職人を育てることはできない。マニュアルは、あくまで初心者を一人前にするためのものであるので、仕事の基本的な事柄が記載できればよい。個別の状況対応は、別の形で習得させることが必要である。また、職人の育成も同じで、マニュアルを使った教育で一人前になった後、職人にするプログラムを開発すべきである。そもそも職人の育成を現場のOJTだけで賄おうというのは難しいことであり、全社としてどのように人材を育成していくかを別に考えるべきである。

 

マニュアルで考えない社員が増える?

 マニュアルを作りたがらないもう一つの理由に、考えない社員が増えるという意見も多い。けれども、考えなくなるのは、マニュアルの問題というよりは、組織運営などに問題があることが多いように感じる。

 たとえば、現場から作業のやり方の改善提案をされ、マニュアルの改訂を依頼されても、改訂が進まない企業も多い。マニュアルが改訂されないと、提案者は提案しても意味がないと思うようになり、次第に考えることをやめてしまうのである。

 マニュアルを導入していても、運用の仕方によっては、考える社員にすることも可能である。たとえば、作業を改善して、マニュアル改訂を仕事に組み込むのである。

 

日本企業を支えるミドルの改善力が落ちた理由は…

 ある物流会社のマニュアル作成支援でのこと。その会社では、残業削減の一貫として、マニュアル作成を通じて業務改善を図るというプロジェクトを行った。背景には、残業が増える一方で、各部門の管理職が作業時間を短縮する具体的な手が打てない状況があった。

具体的な手が打てないのは、管理職の能力が低下したというよりも、異動など、会社のシステムは変わり、業務がブラックボックス化し、把握が難しくなっていることによる影響が大きかった。

少し前までは、部門の中で仕事ができる人が内部昇進という形で部門の管理職についていた。そのため、管理職は部門の業務を熟知しており、管理職に指示をすれば、改善がはかれていた。しかし、昨今は管理職の異動も多く、管理職が部下の仕事を熟知していないケースも増えてきている。また、分業やパソコンでの作業が進み、誰がどんなことをしているのかが見えなくなったのも一因である。このような背景により管理職が仕事の詳細まで踏み込むことができないため、仕事のやり方を変えるような改善が難しくなっているのではないかと考えている。

 

マニュアルによる仕事の見える化で大きな改善に

物流会社のある部門では、マニュアルの作成が作業時間を1時間以上、大幅に短縮する改善につながった。 その改善策を上司が思いついたのは、部下の作成したマニュアルを確認しているときであった。

改善できた作業は、実績の集計作業。荷物の数を電卓で集計し、毎日、1~2時間の時間を要していた。そのマニュアルを確認した上司は、他部門で持っているCSVデータを入手し、それを活用すれば一瞬で間違えずに計算できることに気づき、改善を行った。その出来事をきっかけに様々な改善に着手し、大きな改善につながったのである。

結果だけを見ると、それまで管理職は何をしていたのか、と思う方もいると思う。しかし、当事者の視点に立つと、状況は全く異なる 。作業をしていた担当者は派遣社員でコロコロ変わる。その上司も業務に精通しているわけでもない。ましてや仕事は事務作業で外から何をしているかも見えないし、トラブルも起こっているわけでもないので、改善をしようとは思わない。しかし、マニュアルとして見える化し、それを様々な視点で見直していくことが大きな改善につながるのである。

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